2014年 04月 29日

4/27の礼拝でした証、貼っておきます。

証し

3/19に父は天に召されました。
前夜式、告別式に際しては多くの兄弟姉妹方にご会葬頂き、又、ご奉仕を頂きました事、心から感謝します。沢山の兄弟姉妹方が父を愛して下さり、神の家族として豊かなお交わりを頂きました事、主にある「世にはなき交わり」を頂いて、父は本当に喜んでおりました。感謝です。

父は1929年に8人の子供達の中のたった1人の男の子として生まれました。父親には特別に可愛がられたそうですが、男の兄弟が居ない環境の為、家庭の中ではいつも孤独感を味わっていたと言っていました。そう言えば年をとってからも父は寂しがり屋でした。
1945年の横浜大空襲で父親と1人の姉を亡くしてからは、母親と6人の姉妹の生活を支える為に本当に苦労をしてきた様です。父は戦中・戦後の話を私に沢山話してくれました。私はその話を聞く度に、私には想像も出来ない様な苦労をしてきた父に絶対幸せになって貰わねばと思っていました。
私は1990年にバプテスマを受けました。自分自身の救いは勿論ですが、以前から弟達と折り合いが悪く、切ない思いに苦しんでいる両親を何とか救いたいと思ったのも私がバプテスマを受けた大きな要因の1つでした。
私がクリスチャンになってから、父は祈り会に出席し始め1993年6月にバプテスマを受けました。父は真面目な性格でしたので、毎日一生懸命聖書を読んでいました。でも、そんな中で自分の罪の現実に押し潰されそうになり「もう教会に行くのはやめにしようか」と思った時期があったと後に闘病生活の中で語っていました。しかし、神様はそのように苦しむ父に次々とみ言葉を与えて下さったのだと思います。父は教会から離れる事無く信仰の道を守られて歩み続けました。
2010年1月に心臓大動脈弁機能不全と診断され弁置換手術以外に道は無いと告げられました。手術はしないと決めた父は、自分の死後の母の生活を心配して、私の住んでいるマンションへの引っ越しを速攻で決断し3月には越して来ました。心臓病という爆弾を抱え、薄氷を踏むような思いではあったものの、両親が目の届く近所に居てくれて、それまで以上に共に過ごす時間が与えられて感謝でした。
2011年5月父は手術を受ける決断をし、6月に市大病院で手術を受けました。11月にはかなり体調も良くなり、恒例の箱根旅行にも連れて行ける程になり、クリスマス礼拝にも出席する事が出来ました。心臓の方は全く問題が無くなりましたが、若い時に十二指腸潰瘍で胃の2/3切除術を受けており、その時の輸血でC型肝炎に罹患しているのと、胃切除術の影響で食後ダンピング症候群による低血糖症状が度々起こりました。又、幼少期に結核を罹患した影響による慢性閉塞性肺機能不全など、満身創痍の状態だったので予後が良いとは言えない日々が続いていました。年に2~3回の入院を繰り返す様になりました。
教会に行けなくなってからは礼拝のCDを熱心に聞いていました。又、月に1度の家庭集会で牧師先生はじめ兄弟姉妹方にお会いできるのを心待ちにしていました。
長く苦しい闘病生活の中で、罪を犯してしまう自分と向き合いながらも、父は主なる神様の愛を知り信仰のうちを歩ませて頂いている事の恵みを常に口にしていました。
呼吸の苦しさに辛そうな父の姿を毎日目にするのは私にとって身を切られる様な思いでしたが、そんな私の心中を察して「辛いけれど幸せだから大丈夫、心配しないでいいよ」と、いつも優しく微笑んで言ってくれました。
父の苦しみを目の当たりにして「心臓の手術をしない方が良かった?」と聞いてしまった事がありましたが、父は「手術を受けて良かった。だからこそ、今、こうして生かされてお前と話も出来るんじゃないか」と言いました。そして「若い時から自分は苦労ばかりをしてきたと思っていたが、神様は僕が神様を知るずっと前から僕を知り、愛して下さって、その時々に道を与えて守り導いていて下さったんだなぁという事が、今になって分かったよ」と良く言っていました。神様を知っている平安が父を満たして下さっている事を感じました。
最期の方は呼吸不全による脳の酸欠状態があったので見当識違いも出ていて、介護する身としては自分自身の心身にも限界を感じつつありました。しかし、私の限界を見計らったかの様に、父は眠っている間に苦しまずに天に召されました。亡くなる前夜、就寝前の祈りで父は「神様、凄く苦しいです。でも、あなたの恵みを頂いて今日も喜びのうちを歩む事が出来ましたから感謝します」と祈ってくれました。
父の最後の祈りと眠っている様な穏やかな死に顔は、父から私への最高のプレゼントだったと思っています。

父が亡くなってから整理をしていたら、机の中から父のメモ書きが出てきました。
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和美へ  
いつも私の為に色々尽くしてくれて有難う。
たとえ私が何時、主に召されても決して自分自身を責めないで下さい。
主が私達の為に一番良い時を選んで下さったのだから。
「主のなさることは、すべて時にかなって美しい」
「主は与え、取り去りたもう。主のみ名はほむべきかな」 
自分を大切にして下さい。家族の為にも!
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私達の全てをご存じでいて下さり、計り知れない恵みをお与え下さる主に感謝します。
母と家族達が救いへと導かれます様、続けてお祈り下さい。宜しく御願い致します。
                             2014.4.27 礼拝 証し

by kazu-chan1208 | 2014-04-29 21:47 | 教会 | Comments(0)


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