2015年 02月 05日

マイミクさんがイセブラのミッションを果たしたとの日記を読んだせいかもしれないが、昨夜はおかしな夢を見た。

私の実家は元々、伊勢佐木町でレストランをしていた。
父が一人で一から築き上げたレストランで、横浜ではちょっとだけ知られていた店だった。
私が小さい頃は伊勢佐木町と言ったら横浜でも指折りの繁華街で、店舗の種類も数も多かったしハイカラな町だった。
しかし、近年は他の商店街に押されて衰退の一途をたどっている。
昔は休日というと家族連れが買い物や食事に出掛ける町だったが、町の衰退と共に、風俗店が台頭してきて
家族連れで賑わう町ではなくなりつつあった。
それでも遠くから出掛けて来て下さる昔からの常連さん達もいらしたし、足しげく通って下さるお客様もいらしたが、
結局、人手を確保する難しさと、町の変化に伴う客離れもあり、2006年2月に約60年の店の歴史に幕を降ろした。
店を閉めた頃、私は父の喪失感の大きさはいかばかりであろうかと、心配でならなかった。
でも、その頃にはもうクリスチャンになっていた父と祈りを合わせる事が出来たのは
私にとっても父にとっても大きな支えであり、慰めであり、恵みだった。

たしか、その頃にも一度、店の夢を見た。
そして昨夜は本当に久し振りに又、店の夢を見た。

店の中はいつもいらして下さる馴染みのお客さんで賑わっている。
自分でも驚いたのだが、真ん中の弟も、末の弟も、一緒に仲良く働いている。
店の外に出てみると、衰退していた町は近代的で、尚且つ自然をふんだんに取り入れた
見たことも無いような新しい町に様変わりしていて、思わず驚嘆の声をあげそうになる。
父に見せてあげなきゃと、歩きながら一生懸命スマホで写真を撮っている最中に電話がかかってきた。
かけて来た相手の名前を確認すると「わたしから」と表記されていて、何これ?と思いながら電話にでると父の声。
懐かしい父の声の筈なのに、私は普通に喋っている。
父に「今、空がとても綺麗だから写真撮ってたのよ」と言うと
「そうか、それは有り難う。
いつもありがとね。本当にありがと。」って。

そこで目が覚めた。
目が覚めた後も、耳の中に父の声がずっと残っている気がして、まだこのまま眠っていたいと思った。

父の死後、父が心配していたのは母の事。
しかし、デイサービスを楽しみに行っているし、白内障のオペも無事に済んだし、健康も守られて過ごしている。
父の「有り難う」はそういう全ての今に感謝という意味で、夢の中で伝えてくれた気がする。
こちらこそ、ありがとね。

by kazu-chan1208 | 2015-02-05 15:16 | 家族 | Comments(0)


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