カテゴリ:教会( 97 )


2015年 11月 01日

秋の特別集会

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昨日、今日と教会で「秋の特別集会」があった。
今朝の礼拝は伝道礼拝だったので、母と娘を誘った。
メッセージはヨハネ福音書のサマリヤの女の箇所から「渇きを満たす水」という宣教だった。
シンプルであり、心に沁みるメッセージだった。
宣教中に隣に座っている母が居眠りしていたのが残念だったけど(笑)

なかなか母や子供達を教会に連れて行けないのが、自分としては大きな課題なんだけど、祈り続けよう。
今日のお花。
秋らしさと慎ましい華やかさが素敵だったので写真を撮った。

あとの写真は母がデイケアでやってくる塗り絵。
細かく色を工夫してとても上手に塗ってくる。
デイケアのスタッフにもかなり褒められている様だ。
楽しんでやっているのが何より。

by kazu-chan1208 | 2015-11-01 14:46 | 教会 | Comments(0)
2015年 10月 26日

礼拝での証

昨日の礼拝にはルワンダから一時帰国なさっている佐々木恵姉が出席下さり
礼拝の中で証をして下さった。
ルワンダで21年前に起きたジェノサイドについてはご存じの方もいらっしゃるかと思う。
今、その時の加害者と被害者の間に主の愛による和解が実現されている事は
人間の思いを遥かに超えた出来事であると感じざるを得ない。
恵姉の力強い証を聞いていて、ゆるしという恵の豊かさを改めて感じるとともに
人を許せない思いの中に、自らを閉じ込めようとしている自分の罪深さを痛感した。
主よ、この弱き者、罪深い者である私をお許し下さい。
そしてあなたの愛に見習う者と成長させて下さい。


佐々木ご夫妻のお働きを多くの方に知って頂きたいのでHPを貼っておきます。
ルワンダの平和と和解のために

by kazu-chan1208 | 2015-10-26 10:21 | 教会 | Comments(0)
2015年 10月 06日

秋の特別集会

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10月の末に教会で「秋の特別集会」が開催される。
そのお知らせのチラシを配する為に、午前中は教会に。
お昼までに配り終わり、これから用事があるので上大岡に出るところ。

配っている最中に公園脇の植え込み、凄く素敵!

by kazu-chan1208 | 2015-10-06 13:11 | 教会 | Comments(0)
2015年 09月 27日

召天者記念礼拝

今日は召天者記念礼拝だったので、母と娘も教会に行った。
私は成人科学びの教師会が朝からあったので早くに家を出たが、母と娘は少し遅れて友人の車に乗せて頂いた。
教会は6月から複数牧会になっているのだが、今日は新しくいらして下さったH牧師の宣教だった。
先に天に召された信仰の友や家族に思いを馳せつつ、恵み深い主に心からなる感謝を新たにしたメッセージであった。

礼拝後は愛餐会があったので母、娘と一緒に出席した。
母が教会に行けたのは本当に久しぶり。
沢山の方々と再会出来て、お喋りも沢山して楽しい時間を過ごした様だ。
特に牧師夫人がずっと母のお喋りを聞いて下さっていたのが嬉しかった様子。
先程、お休みの挨拶をしに実家に行った時も「今日はホントに楽しかったわ。教会に行けて良かった」と言っていた。

私もいつもは愛餐会には滅多に出られないので、今日は本当に楽しく嬉しかった。


帰宅後、ダーリンをプールに送り出してから、暫く独りで変わっていく空の色をボンヤリ見ながらCDを聴いた。
何だか感謝の思いで胸がいっぱいになり、涙がいっぱい出た。

by kazu-chan1208 | 2015-09-27 21:50 | 教会 | Comments(0)
2015年 09月 14日

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教会の玄関を飾る花。
土曜日に行われた副牧師就任式に飾った物と思われる。
仕事で出席出来なかったのが残念emoticon-0106-crying.gif

by kazu-chan1208 | 2015-09-14 01:17 | 教会 | Comments(0)
2015年 07月 10日

今日の聖書通読

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旧約聖書はイザヤ書61章。
聖書を読んだ後、榎本保郎先生の「1日1章」の今日の箇所を読む。


以下引用
「福音を宣べ伝える」という言葉は、ギリシャ語訳文ではエヴァンゲリオンという1つの単語になっている。そしてこれは戦いの勝利を伝えるという意味を持っている。伝令が前線の勝利を伝える、そういうときに使われた言葉だそうである。イエス・キリストによってもたらされたものは、そういうものであるということで、新約聖書の中に、この言葉が使われたわけである。私たちは、イエス・キリストによって救いの恵みに入れられたのであるが、救いの恵みに入れられているということは、私たち自身が福音を宣べ伝えることをゆだねられているという意味もあるのである。


エヴァンゲリオンの意味にビックリしたのと同時に、私は私にゆだねられた「福音を宣べ伝える」使命を果たしているだろうか、と反省させられる。
ボンバーばかりしていては、福音伝道など出来る筈もなく…Σ( ̄ロ ̄lll)
ダーリン、子供達、母、弟達とその家族、そしてダーリンの母、兄弟達とその家族。
愛する者達に主の福音を伝えたい!
愛する者達とともに主の救いの恵みに預かりたい!
こんな欠けの多い土の器である私でも、主が大胆に用いて下さる事を信じ、期待しつつ祈りと行いとをもって臨んでいきたいと思わされた今朝である。

by kazu-chan1208 | 2015-07-10 06:48 | 教会 | Comments(0)
2015年 04月 05日

イースター礼拝 墓前礼拝

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今日はイースター礼拝だった。
母、息子、娘と一緒に教会に行く事が出来た。
本当はダーリンにも一緒に来て欲しかったのだけれど、拒否られた。

午後は墓前礼拝をする為に教会員の方の車に分乗して
教会の墓地がある三浦海岸墓地まで出掛けた。
霧雨程度で雨が酷くなる事もなく墓前礼拝を終える事が出来て良かった。
母は2人の孫達に世話を焼いて貰って凄く嬉しそうだった。

近所の教会員の方の車で一旦帰宅し、母を実家に戻してから
私のスマホの機種変をする為に、息子と一緒に横浜駅まで出掛けた。

息子はサクサクと話を進めてくれて、データの移行も難なく全部してくれた。
いつの間に、こんなに頼りになる男になったんだろ(笑)

1日付き合わせてしまったお礼に横浜で夕飯をご馳走した。
息子と2人でデートなんて、ちょっとイイ気分。

by kazu-chan1208 | 2015-04-05 22:16 | 教会 | Comments(0)
2015年 02月 22日

送迎奉仕

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今日はモーニング教師会があったので、朝早くに家を出た。
教師会が終わってから教会の新車で送迎奉仕。
新車はドアが開く時にステップが出て来るので、体の不自由な方やお年寄りが乗り降りしやすくなった。
先ずは洋光台駅に迎えに行った。
いつもの2名の方をお乗せしてから、9:50までは駅の改札口で、他に車に乗られる方がいらっしゃらないかを待つのだが、
新車にしたのを機に教会名のプレートを作って、それを持って立つ事にした。
時々、初めて教会に来てみようと思う方が教会への道順を教えてと電話してきたりなさるのだが、
駅までお迎えにあがりますと言っても、お顔を知っている訳ではないので、プレートが必要だねという事になったらしい。
で、私は今朝、初めて改札口でプレートを持って10分弱だったけど立っていた。
そしたら知らないオジサンが話し掛けて来て下さり「今日は何か又、イベントがあるのですか?」と聞かれた。
今日は伝道礼拝である事をお伝えした。
「近くに住んでいるものだから、又、イベントがある時に寄せて貰いますね」と仰有って放れていかれたが
私としてはプレートを持って立つだけで、立派な伝道になるんだなぁと、ちょっと感激しちゃった出来事だった。
一旦教会に戻り、2名の姉妹方を降ろしてからご高齢のS兄を迎えに、再度教会を出発。
S兄のご自宅の近所で、お庭にカーネル・サンダースが居る家を見つけた。
S兄に聞いたら、息子さんがケンタにお勤めの方のおうちらしい。
朝から面白い物を見ちゃった(笑)

by kazu-chan1208 | 2015-02-22 20:36 | 教会 | Comments(0)
2014年 11月 02日

先行き不透明だけど

金曜日、土曜日と例の管理薬剤師と一緒の勤務だったので、気が重かった。
当たり障りの無い様に、なるべく関わりを持たない様に気を付けながらの仕事はしんどい。
只でさえ調剤と投薬は気を遣わずには出来ない仕事である上に、管理薬剤師にまで気を遣っていたら参るよね。
リスクマネジメント的には最悪の状況だと思う。

今朝は成人科の学びのリーダーの日だったので、学びの準備をしたにはしたんだけど、預言書の解説はやはり難しい。
あれこれ調べているうちに、資料が膨大になってしまい、上手くまとめられなくなっちゃった。
でも、成人科のメンバーの助けを頂き、証をして下さった方もいらして良き交わりの時間を過ごせた事に感謝。
学びの箇所はイザヤ書42章1〜9節。

今日は第1主日なので、礼拝で主の晩餐式があった。
礼拝メッセージはルカによる福音書16章19〜31節。

先日、牧師に相談出来た事で、少し気持ちが楽にはなっているけれど、一昨日から耳鳴りが酷い。
ストレス性のものだなぁと痛感する。

自分の弱さがはっきりと分かるけど、弱いところにこそ、主が働いて下さる恵みに感謝。

by kazu-chan1208 | 2014-11-02 17:12 | 教会 | Comments(0)
2014年 04月 29日

4/27の礼拝でした証、貼っておきます。

証し

3/19に父は天に召されました。
前夜式、告別式に際しては多くの兄弟姉妹方にご会葬頂き、又、ご奉仕を頂きました事、心から感謝します。沢山の兄弟姉妹方が父を愛して下さり、神の家族として豊かなお交わりを頂きました事、主にある「世にはなき交わり」を頂いて、父は本当に喜んでおりました。感謝です。

父は1929年に8人の子供達の中のたった1人の男の子として生まれました。父親には特別に可愛がられたそうですが、男の兄弟が居ない環境の為、家庭の中ではいつも孤独感を味わっていたと言っていました。そう言えば年をとってからも父は寂しがり屋でした。
1945年の横浜大空襲で父親と1人の姉を亡くしてからは、母親と6人の姉妹の生活を支える為に本当に苦労をしてきた様です。父は戦中・戦後の話を私に沢山話してくれました。私はその話を聞く度に、私には想像も出来ない様な苦労をしてきた父に絶対幸せになって貰わねばと思っていました。
私は1990年にバプテスマを受けました。自分自身の救いは勿論ですが、以前から弟達と折り合いが悪く、切ない思いに苦しんでいる両親を何とか救いたいと思ったのも私がバプテスマを受けた大きな要因の1つでした。
私がクリスチャンになってから、父は祈り会に出席し始め1993年6月にバプテスマを受けました。父は真面目な性格でしたので、毎日一生懸命聖書を読んでいました。でも、そんな中で自分の罪の現実に押し潰されそうになり「もう教会に行くのはやめにしようか」と思った時期があったと後に闘病生活の中で語っていました。しかし、神様はそのように苦しむ父に次々とみ言葉を与えて下さったのだと思います。父は教会から離れる事無く信仰の道を守られて歩み続けました。
2010年1月に心臓大動脈弁機能不全と診断され弁置換手術以外に道は無いと告げられました。手術はしないと決めた父は、自分の死後の母の生活を心配して、私の住んでいるマンションへの引っ越しを速攻で決断し3月には越して来ました。心臓病という爆弾を抱え、薄氷を踏むような思いではあったものの、両親が目の届く近所に居てくれて、それまで以上に共に過ごす時間が与えられて感謝でした。
2011年5月父は手術を受ける決断をし、6月に市大病院で手術を受けました。11月にはかなり体調も良くなり、恒例の箱根旅行にも連れて行ける程になり、クリスマス礼拝にも出席する事が出来ました。心臓の方は全く問題が無くなりましたが、若い時に十二指腸潰瘍で胃の2/3切除術を受けており、その時の輸血でC型肝炎に罹患しているのと、胃切除術の影響で食後ダンピング症候群による低血糖症状が度々起こりました。又、幼少期に結核を罹患した影響による慢性閉塞性肺機能不全など、満身創痍の状態だったので予後が良いとは言えない日々が続いていました。年に2~3回の入院を繰り返す様になりました。
教会に行けなくなってからは礼拝のCDを熱心に聞いていました。又、月に1度の家庭集会で牧師先生はじめ兄弟姉妹方にお会いできるのを心待ちにしていました。
長く苦しい闘病生活の中で、罪を犯してしまう自分と向き合いながらも、父は主なる神様の愛を知り信仰のうちを歩ませて頂いている事の恵みを常に口にしていました。
呼吸の苦しさに辛そうな父の姿を毎日目にするのは私にとって身を切られる様な思いでしたが、そんな私の心中を察して「辛いけれど幸せだから大丈夫、心配しないでいいよ」と、いつも優しく微笑んで言ってくれました。
父の苦しみを目の当たりにして「心臓の手術をしない方が良かった?」と聞いてしまった事がありましたが、父は「手術を受けて良かった。だからこそ、今、こうして生かされてお前と話も出来るんじゃないか」と言いました。そして「若い時から自分は苦労ばかりをしてきたと思っていたが、神様は僕が神様を知るずっと前から僕を知り、愛して下さって、その時々に道を与えて守り導いていて下さったんだなぁという事が、今になって分かったよ」と良く言っていました。神様を知っている平安が父を満たして下さっている事を感じました。
最期の方は呼吸不全による脳の酸欠状態があったので見当識違いも出ていて、介護する身としては自分自身の心身にも限界を感じつつありました。しかし、私の限界を見計らったかの様に、父は眠っている間に苦しまずに天に召されました。亡くなる前夜、就寝前の祈りで父は「神様、凄く苦しいです。でも、あなたの恵みを頂いて今日も喜びのうちを歩む事が出来ましたから感謝します」と祈ってくれました。
父の最後の祈りと眠っている様な穏やかな死に顔は、父から私への最高のプレゼントだったと思っています。

父が亡くなってから整理をしていたら、机の中から父のメモ書きが出てきました。
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和美へ  
いつも私の為に色々尽くしてくれて有難う。
たとえ私が何時、主に召されても決して自分自身を責めないで下さい。
主が私達の為に一番良い時を選んで下さったのだから。
「主のなさることは、すべて時にかなって美しい」
「主は与え、取り去りたもう。主のみ名はほむべきかな」 
自分を大切にして下さい。家族の為にも!
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私達の全てをご存じでいて下さり、計り知れない恵みをお与え下さる主に感謝します。
母と家族達が救いへと導かれます様、続けてお祈り下さい。宜しく御願い致します。
                             2014.4.27 礼拝 証し

by kazu-chan1208 | 2014-04-29 21:47 | 教会 | Comments(0)